動画のご紹介

ちょっと難しそうな話も、動画を見れば一目瞭然!きっと楽しく理解できるはず!

電子紙芝居『伯耆安綱伝』

国宝「童子切」他を現代に伝え、日本刀の始祖とも言われる平安時代の名刀工、伯耆安綱。物語りは、謎に満ちた安綱とその一族、「童子切」や「鬼切」の数奇なる運命について、ひとつの仮説として表しています。この物語りをきっかけとして、安綱の名刀の素材となった「伯耆のたたらと鋼」についても知っていただければと思います。(14分20秒)

『たたら場のお引越し』

明治20年頃、人向山から都合山へ「たたら場」を移設した際の様子を、手代の鉄次郎さんを主人公として描いています。道路や土地の造成、水路の敷設、たたら炉の地下構造づくり・・・と、たたら場がどんな人たちの手によって、どのように作られていくか、これを見ればその実態がおおよそ理解できます。(9分40秒)

『喜八郎の決断』

根雨の大鉄山師、近藤家。幕末から流入し始めた安価な西洋鉄に対して、奥日野の人々の生活を支えた「たたら」を存続させるために、5代目当主、喜八郎が近代的な新工場を建設します。それによって明治20〜30年頃、鉄製造量は最大となり、日本の近代化を裏で支えることに。物語りは彼の苦悩の決断を描いています。(10分24秒)


『伯耆国の流通革命』

天保年間、奥日野の鉄山師たちは問屋に委ねていた鉄販売を、自分たちで采配できないかと知恵を絞ります。根雨の近藤家は大阪に直販店(出店)を開き、日南の松田屋を始めとした鉄山師は、鳥取池田藩に具申して、寂れた漁村であった境港に問屋を開き、資金の流れを円滑にする「鉄山融通会所」が開設されることに。以来、商港として発展した境港の黎明期を描いた物語りです。(12分)

♪カナクソの唄

奥日野の山中あちこちで見られる「鉄さい」、地元では「カナクソ」。製鉄や鍛冶の際に出てくる余り物ですが、これがあるのは昔そこが、たたら場であった証拠です。近年やっと陽が当たり始めた「たたらの歴史」とあわせ、「カナクソ君」たちにも脚光を!ということでできたのがこの曲。

歌/奥日野ぶっとびガールズ、詞/インディささき、補作詞・曲/ミッキースギハラ、演奏/SEVENRIDER

印賀たたら唄

日本人のDNAを刺激する尺八の心地よい響き、名調子のゆったりとした唄。これはかつて全国にその名を馳せた「印賀鋼」を讃えた新民謡です。演奏は日頃、地元で積極的に演奏家都度をしておられる「江美寿会」のおふたり。作詞は村下・山本裕二氏、作曲は青戸硯也氏。「カナクソの唄」とのギャップをお楽しみください。

(3分25秒)


都合山たたら跡

令和1(2019)年、鳥取県指定史跡に指定された「都合山たたら跡」。根雨の大鉄山師近藤家が、明治22(1889)年から明治32(1899)年まで営み、東京帝国大学教授であった俵国一博士によって調査され、操業当時の詳細な記録が残されていることから、学史的価値が高く評価されています。

 

朝刈山たたら遺跡

縁起の良い名で知られる日野町の「金持神社」。その近くにある「朝狩山鉄山跡」に、往時の面影を訪ねて撮影された写真を動画に仕立てています。かつてここで、何十人〜それ以上の人々が汗にまみれて働いていたとは、なかなか想像できませんが、残された石垣や鉄づくりの神を祀った小さな社は間違いなくその歴史を物語っています。

🟡休む 🟡遊ぶ 

🟡住む 🟡芸 🟡食 

🟡農 🟡知る 🟡祭り

 

「たたらの里」へのガイダンスとして、これらのテーマごとに制作した映像をお楽しみください。